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2025年07月25日
有機金属化合物を用いた金属酸化膜の形成は通常熱分解によって行われますが、熱に弱いプラスチックフィルム等に適用することが難しい場合、非加熱での有機物の脱離、分解が必要となります。熱以外のエネルギーととしては、紫外線(以下、UV)、電子線等の光エネルギーが考えられます。今回はUV照射による金属酸化膜の形成について紹介します。有機チタン化合物のUV照射による酸化チタン膜形成については、テクニカルコラムNo.7 UV照射による酸化チタン膜の形成でも述べていますが、今回はチタン以外の金属元素を含む有機金属化合物も合わせて紹介します。
当社で製造販売している有機金属化合物の内、チタン、ジルコニウム、アルミニウムの各金属元素を含む有機金属化合物を用いたUV照射による金属酸化膜形成について、文献例を紹介します。
文献:The photochemistry of thin films of titanium diacetylacetonateには、チタンジイソプロポキシビスアセチルアセトナート(当社製品名オルガチックスTC-100、以下同様)を使用した酸化チタン形成例があります。UV照射によりアセチルアセトンとイソプロポキシ基がアセトン等の低分子化合物に分解されるとともに、チタンラジカルが中間体として生成するのが主たる反応機構です。その後チタンラジカルは酸素と反応し、Ti-O-Ti結合を形成して酸化チタン膜が形成されます。本反応においては、XPS解析により、炭素残渣の除去と Ti-O-Ti結合の生成が確認されています。
文献:The photochemistry of thin films of titanium diacetylacetonate diisopropoxide on silicon surfacesには、ジルコニウムテトラアセチルアセトナート(オルガチックスZC-150)を用いた例の記載があります。この化合物に254 nmのUVを照射すると、配位子であるアセチルアセトンがπ→π*遷移により励起され、それによって化合物中のZr–O–アセチルアセトン結合が不安定化し、切断されます。中心のジルコニウムは、自己縮合反応によりZr-O-Zr結合を生成する一方、アセチルアセトンはラジカル状態として離脱することから、最終的にはアセトンや二酸化炭素等に分解されます。
文献:Photochemical metal-organic deposition reactions of amorphous films of aluminum β‑diketonates and mixed aluminum alkoxide β‑diketonates on silicon surfacesにはアルミニウムトリスアセチルアセトナート(オルガチックスAL-3100)、やアルミニウムトリスアセトアセテート(オルガチックスAL-3220)などのエステル誘導体錯体が254nmのUV光下で分解され、アセトン、二酸化炭素といった揮発性副生成物を放出することが示されています。分解速度は、アセト酢酸エチルキレート>アセチルアセトンキレートの関係にあり、その半減期はアルミニウムトリスアセトアセテートが20分、アルミニウムトリスアセチルアセトナート180分との記述がありました。一方、文献:Preparation of Photosensitive Al2O3 Gel Films and Their Application to Fine-Patterning においては、アセチルアセトンキレートの方が、アセト酢酸エチルキレートよりも分解しやすいとの記述がありました。本文献で使用している光源は、ウシオ電機製 UIS-25102と東芝ガラス UV-D33Sを使用したものであり、254 nmなどの短波長UVはUV-D33Sフィルターによって完全にカットされた主に310–400 nmのUV光を照射しています。この光源を用いた場合、アセト酢酸エチルキレートのπ–π*吸収(λₘₐₓ: 約270–295 nm(推定))に必要な254 nm帯の光は届かず、アセト酢酸エチルキレートは励起されにくくなります。一方、アセチルアセトンキレートは、π–π*吸収は、約 328nmであることから、前出の波長帯効果的に励起され、分解したと考えられます。
有機アルミニウム化合物の例で述べたように、照射するUV光の波長によって、分解しやすいキレートの構造が異なります。波長については、光開始剤の吸収ピークおよび深部硬化性の観点から、365 nmの光源がよく使用されています。そこで、チタン、ジルコニウム、アルミニウムを中心金属とする当社製の各種有機金属化合物が、この365 nmの光によって分解可能かどうかを検討します。なお、一部には推定値を含みますが、各金属化合物におけるπ–π*吸収に関する情報を表1に示します。
<表1. チタン、ジルコニウム、アルミニウムを中心金属元素とする当社製品の各種有機金属化合物のπ–π*吸収>
キレートの種類 |
商品名・化合物名 |
π–π*吸収 |
根拠・備考 |
アセチルアセトンキレート |
チタンジイソプロポキシビス (アセチルアセトネート) |
約 290~310(推定) |
アセチルアセトンの吸収特性(約280–330 nm)から、 Tiへの配位により短波長側にシフトとしたと予測 |
ジルコニウムテトラアセチル アセトネート |
3つの吸収ピークが報告されている |
||
アルミニウムトリスアセチル アセトネート |
吸収励起スペクトルから328 nm付近に 明確なピークを持つ |
||
アセト酢酸エチルキレート |
チタンジイソプロポキシビス (エチルアセトアセテート) |
約 270~310(推定) |
アセト酢酸エチルのπ-π*吸収(250~270 nm)から、 Tiへの配位により短波長側にシフトとしたと予測 |
ジルコニウムジブトキシビス (エチルアセトアセテート) |
約 260~290(推定) |
アセト酢酸エチル配位による短波長側にシフトを 考慮してZr(acac)4より短波長と推定 |
|
アルミニウムトリスエチル アセトアセテート |
約270–295 nm(推定) |
アセト酢酸エチルの吸収性質とAl(acac)3との比較より短波長化と推定 |
これら化合物のπ–π*吸収より365nmの光源を使用した際の分解の可能性は以下表2のように予測されます。
<表2 チタン、ジルコニウム、アルミニウムを中心金属元素とする当社製品の各種有機金属化合物の365nmUV光による分解反応予測>
キレートの種類 |
商品名・化合物名 |
365nmの吸収 |
分解の可能性 |
アセチルアセトンキレート |
チタンジイソプロポキシビス(アセチルアセトネート) |
無 |
低い |
ジルコニウムテトラアセチルアセトネート |
ほぼ無 |
やや低い |
|
アルミニウムトリスアセチルアセトネート |
あり |
高い |
|
アセト酢酸エチルキレート |
チタンジイソプロポキシビス(エチルアセトアセテート) |
無 |
低い |
ジルコニウムジブトキシビス(エチルアセトアセテート) |
無 |
低い |
|
アルミニウムトリスエチルアセトアセテート |
ほぼ無 |
やや低い |
このように、365nmのUV光を使用した場合、アルミニウムトリスアセチルアセトネート以外は分解しにくいと考えます。今回ご紹介したチタンやジルコニウムキレートを分解させ、金属酸化膜を得たい場合は、各π–π*吸収波長よりも低い254 nm 等のUV光を使用する必要があります。
ここでは照射光の波長に制限がある環境下で、有機金属化合物から金属酸化膜を得るためのアプローチについて考えたいと思います。光励起遷移において、 LMCT(Ligand-to-Metal Charge Transfer) と MLCT(Metal-to-Ligand Charge Transfer)の観点から考察します。LMCTとは配位子から中心金属への電子移動することを指し、MLCTは中心金属から配位子への電子移動することを指します。LMCTとMLCTによるπ–π*吸収の波長変化に関し、LMCTでは短波長、MLCTでは長波長側にそれぞれ変化する傾向にあります。アセチルアセトンやアセト酢酸エチルの各金属への配位はどちらもLMCTであるため、π–π*吸収は短波長側にシフトします。すなわち、金属への配位としてMLCTの状態を形成すれば当該波長が長波長側にシフトするため、365nmのような比較的長波長の光でも分解反応が進行すると考えられます。MLCTを形成する配位子としては、例えば2,2'-ビピリジンジオール(π–π*吸収(λmax(nm):348 nm) 、ベンゾイルアセトン(π–π*吸収(λmax(nm)):約 320–360 nm)などがあげられます。これらの配位子を用いた金属キレートを用いれば、365nmの光でも金属酸化膜が得られる可能性があると考えます。
これまで述べてきたように、UV照射によって有機金属化合物を分解し、金属酸化膜を得ることは可能です。ただし、各有機金属化合物は固有の吸収帯を有するため、UV光の波長によって分解のしやすさは異なります。当社製品の有機金属化合物であるオルガチックスは、アセチルアセトンやアセト酢酸エチルキレートなどを配位子としていますが、表2で示した通り長波長のUV光では分解しにくいと考えられます。そのため、当該波長域の露光によって金属酸化膜を得るためには、異なる配位子を有する有機金属化合物を合成する必要があります。各種金属アルコキシド化合物と、水酸基等を官能基として有する化合物と反応させることによって新たな有機金属化合物を得るのが一例です。MLCTを形成する配位子として紹介した2,2'-ビピリジンジオールやベンゾイルアセトンはともに水酸基を有するため、チタン、ジルコニウム、アルミニウムのアルコキシド化合物と反応してキレート化合物が得られると考えられます。このように配位子を変更することで、より長波長領域のUV光で分解反応が進行すると期待できます。今後当社において様々な波長帯のUV光によって選択的に分解する化合物について検討していきたいと考えております。
有機金属化合物の分解反応に関して、当社では脱アルコール反応等、熱エネルギーを用いた分解反応を用いた例が多く、それ以外のエネルギー源による反応についての検討は非常に少ない状況でした。主に熱による反応を前提として設計されてきた有機金属化合物についても、UV光での分解反応が進めば、非加熱工程による金属酸化膜形成が実現できると考えられます。また、特定波長域の光源に最適化された新規キレート設計ができれば、分解制御による金属酸化膜の微細加工も可能となり、形態由来の機能性発現などにより応用拡大が期待できます。当社においても、こうした波長選択性を活かした新たな有機金属化合物製品である“次世代オルガチックス”の設計・提案に取り組んでまいります。
有機チタン、有機ジルコニウム、その他有機金属化合物に関するご要望、製品に関するご質問や、
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