Technical

2025年06月06日

テクニカルコラム

テクニカルコラムNo.23 水蒸気バリア膜の成膜方法の性能に対する影響とチタン/ジルコニウム化合物適用の可能性

Ⅰ. はじめに

水蒸気バリア膜は、有機ELディスプレイ、ペロブスカイト太陽電池、食品包装など、さまざまな分野で重要な役割を果たしています。今回は水蒸気バリア膜の成膜方法に焦点を当て、気相法と液相法で得られる水蒸気バリア膜の性能の違いを述べるとともに、新たな液相法による性能/成膜効率の向上の可能性、さらには当社の主力製品であるチタン/ジルコニウムを金属種とした有機金属化合物の当該膜への適用について考えます。

Ⅱ. 水蒸気バリア膜の成膜方法

水蒸気バリア膜は、気相法、または液相法によって形成させることが可能です。気相法においては、PVDPhysical Vapor Deposition)、CVDChemical Vapor Deposition)、ALDAtomic Layer Deposition) があり、液相法ではグラビアコートやロールコート等があります。これら成膜方法で得られる水蒸気バリア膜の性能、メリット、デメリット、主な用途を表1.に示します。

<表1. 気相法、液相法による水蒸気バリア膜のメリット、デメリットとその用途>

  成膜方法

水蒸気バリア性能

[g/m²/day]

メリット デメリット 主な用途
気相法 PVD 10⁶ ~ 10¹ 高密度・高バリア性、産業応用多数

設備コスト高い、

成膜速度が遅い

ディスプレイ、

電子部品封止

CVD 低温成膜可能、高バリア性

設備が高価、

プロセス制御が難しい

太陽電池、

電子デバイス

ALD

超高バリア性、ナノレベルで

制御可能

成膜速度が遅い、高コスト

OLED封止、

バリアフィルム

液相法

グラビア

コート

 

ロール

コート等

10¹ ~ 10¹

低コスト、環境負荷低、大面積対応可能

 

バリア性が

劣る、

均一性に課題

光学コーティング等、

フレキシブルパッケージ、

医療用途

1. で示したとおり、気相法は処理速度が遅く、設備が高価であるものの、得られる水蒸気バリア膜の性能が高いため高い水準で水蒸気バリアが必要な電子材料等に用いられています。一方、液相法では、大面積に処理ができるものの緻密性や均一性に課題が多く、気相法に比べて水蒸気バリア性能の低い膜が形成されます。そのため、パッケージや光学コーティング等、水蒸気バリア性能の要求水準がそれほど厳しくない用途に使用されています。なお、表1中の各水蒸気バリア性能は、Effect of Various Oxidants on Reaction Mechanisms, Self-Limiting Natures and Structural Characteristics of Al 2 O 3 Films Grown by Atomic Layer DepositionPolyvinyl Alcohol/Montmorillonite Nanocomposite Coated Biodegradable Films with Outstanding Barrier Properties等文献からの推定値を示しています。

Ⅲ. 水蒸気バリア膜形成に使用される化合物について

上述の通り、水蒸気バリア膜は気相法、液相法によって成膜が可能です。これらの成膜方法に使用される化合物を表2に記載します。

<表2. 各種成膜方法と使用される化合物>

  製膜方法 使用される化合物
気相法 PVD

・酸化ケイ素

・酸化アルミニウム      等

CVD

・テトラエトキシシラン

・シラン

・トリクロロアルミニウム

・テトラクロロチタン     等

ALD

・トリメチルアルミニウム

・テトラキス(ジメチルアミノ)チタン   等

液相法

グラビア

コート

 

ロール

コート等

・ポリビニルアルコール(PVA

・エチレンビニルアルコール(EVOH

PVA+ TEOSやアルミニウムイソプロポキシド + PVA

PVAEVOH、ポリウレタン+ナノフィラー  等

 (ナノフィラー:モンモリロナイト、ナノセルロース、

  酸化グラフェン等)

IV. 水蒸気バリア膜の性能に対する成膜方法の影響

Ⅳ-1. 気相法によって得られる水蒸気バリア膜

気相法においては、1種以上の金属化合物を使用して緻密な金属酸化膜を形成させることによって、水蒸気バリア膜を形成させます。気相法は、原子レベルまたは分子レベルで材料を堆積させるため、欠陥が少なく非常に緻密な膜が形成されます。また、膜の均一性が高いため、局所的な水蒸気の浸透を防ぐことができます。

Ⅴ-2. 液相法によって得られる水蒸気バリア膜

PVAEVOHに存在する水酸基と水蒸気の水分子と水素結合等の相互作用することによって、水蒸気バリア性能を発現します。また、ナノクレイ等を混合した膜を形成することによって、水蒸気の膜の厚み方向に対する拡散経路が複雑になることで透過速度が低下し、これが水蒸気バリア性能向上に直結します。ケイ素アルコキシドを用いたポリシロキサンとポリビニルアルコールや多糖類を用いた有機-無機ハイブリッドガスバリア膜(水蒸気ガスバリア膜)はその一例です。ゾルゲル法によってケイ素アルコキシドを酸化ケイ素化し、ポリビニルアルコールや多糖類(デンプン、キトサン、セルロース)と結合させることで、耐熱性、表面硬度が高い水蒸気バリア膜を形成できるとのことです。

Ⅴ. 水蒸気バリア性能と成膜効率を両立させる真空紫外光を用いた新しい成膜方法

前出の通り、気相法は優れた水蒸気バリア性能を示す緻密な膜を形成可能ですが、生産効率が低く、コストが高いといったデメリットがあります。一方、液相法では、水蒸気バリア性能が低いものの大量生産可能な製造方法です。この両者のデメリットが解決できる可能性がある研究例として山形大学 硯里研究室が行っているポリシラザンに真空紫外光(Vacuum Ultra-Violet:VUV)照射させることによって窒化ケイ素膜を形成させる研究があります。本方法は、液相法の一種であり、大気圧下でポリシラザンにVUVを照射することによって水蒸気バリア膜が得られます。ポリシラザンは、VUVの照射により、光脱水素反応と光緻密化反応が生じ、Si-N-Si結合を有する緻密な膜が得られます。光照射は10秒程度であり、水蒸気バリア性能も1.8x10-5g/m2/dayと非常に高い水蒸気バリア性能を持った膜が形成できるとのことです。本方法であれば、気相法よりも効率的、かつ同等の水蒸気バリア性能を示す膜形成が可能と考えられるため、今後、電子デバイスや包装産業において広く活用される可能性があると考えられます。

Ⅵ. 有機金属化合物 オルガチックスの利用可能性

有機チタン化合物、並びに有機ジルコニウム化合物を主とするオルガチックスの中で、例えばアルコキシド化合物は、CVDによる金属酸化膜形成の前駆体としての活用が考えられます。また、ビピバロイルメタンをキレート構造とする有機チタン、有機ジルコニウム化合物も同様に、CVDALDによる金属酸化膜形成材料として検討されています。ただし、酸化チタンや酸化ジルコニウムの単独膜は水蒸気バリア性能が低いため、ケイ素化合物との併用等が必要と考えます。これらは、気相法によって水蒸気バリア膜を形成する一候補になりうるでしょう。一方、液相法においては、ゾルゲル法によるチタンやジルコニウムアルコキシドオリゴマーを使用する方法もあると考えます。当社ではチタンアルコキシドオリゴマー(PC-200)を使用した酸化チタン膜を形成し、水蒸気バリア性能を確認したところ、残念ながら当該バリア性は認められませんでした。ただし、チタンアルコキシドオリゴマーの構造制御や他元素との併用によって、緻密な膜構造を得ることができれば、液相法による水蒸気バリア膜が得られる可能性があると考えております。

Ⅶ. おわりに

今回は、水蒸気バリア膜について、製法や水蒸気バリア性能、VUVを用いた新しい成膜技術、そして当社の有機金属化合物製品であるオルガチックスの適用可能性について述べました。既述の通り、気相法だけではなく、最近では液相法による高性能な水蒸気バリア膜の成膜に関する研究も進んでいます。当社としても、既存製品だけではなく、他元素との併用等による水蒸気バリア膜の形成を実現する化合物の開発の可能性について追求していきたいと考えております。

お問い合わせ

有機チタン、有機ジルコニウム、その他有機金属化合物に関するご要望、製品に関するご質問や、
資料・サンプル請求をされる場合、また受託加工のご相談やお困りのこと等がございましたら
お気軽にお問い合わせください。

マツモトファインケミカル(株)営業部
TEL 047-393-6330    
FAX 047-393-1063