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2025年01月06日

テクニカルコラム

テクニカルコラムNo.18 ケミカルリサイクルにおける有機金属化合物触媒の利用

Ⅰ. はじめに

近年、各種展示会での展示でも見受けられるように、プラスチック廃棄物の問題解決に向けた取り組みの一つとしてケミカルリサイクルの研究開発が活発に行われています。この研究開発は、化学的に安定な構造であるプラスチックを効率的にモノマーなどに分解して、樹脂を作る出発物質などに再利用することを目指しています。

今回はケミカルリサイクルの概要と、そこに用いられる有機金属化合物触媒について述べたいと思います。

Ⅱ. ケミカルリサイクルとは

ケミカルリサイクルは、高分子量体である廃プラスチックを化学反応によってモノマーなどの低分子の原料レベルに分解して、再利用可能な状態に戻すプロセスです。廃プラスチックのリサイクル方法には、その他に廃プラスチックスを原料として再利用するマテリアルリサイクル(メカニカルリサイクル)、廃プラスチックを燃料として得られるエネルギーを回収するサーマルリサイクルがあります。ケミカルリサイクルはマテリアルリサイクルと異なり、混合物による品質劣化を防ぐことができます。またサーマルリサイクルは、燃焼条件が適切でないとダイオキシンをはじめとした有毒ガスが発生することもあるため、国によってはリサイクルとして認められない、といった課題もあります。

Ⅲ. ケミカルリサイクルの方法

ケミカルリサイクルによる原料生成には以下のような方法があります。

1. 加水分解
  水を用いてポリエステルやポリカーボネートなどのプラスチックを分解し、元のモノマーへ再生します。

2. 化学付加分解
水素やアルコールなどを反応させて分解する方法です。特に、ポリオレフィン(PEPP)のリサイクルでは、水素化分解などが効果的とされています。

3. 酸化分解
酸化剤を用いてプラスチックを分解する方法です。ポリマー鎖を酸化反応で切断し、酸化物や分解生成物を得ることが特徴です。酸化分解は特に、特定の化学原料を得るために利用されることがあります。

4. 加溶媒分解
求核剤が溶媒であり、それと溶質が反応することで求核置換反応や離脱反応を起こさせる方法です。大気圧、200℃未満でアルコールを溶媒とし、酸触媒を使って不飽和ポリエステルを分解させる低温下溶媒分解が、この反応例として挙げられます。

Ⅳ. ケミカルリサイクルにおける触媒の必要性

ケミカルリサイクルに求められるのは効率や精度の向上です。このような目的の達成に用いられるものの一つが触媒です。

触媒を使用することで、以下のようなメリットが得られます。

1. 低温での反応促進
2. 反応選択制の向上による副生成物発生の抑制
3. 反応速度の向上

ケミカルリサイクルを産業的、事業的に実装するためには触媒の活用は不可避とも言えます。

Ⅴ. 有機金属化合物を用いたケミカルリサイクルの例

以下に有機金属化合物を触媒に用いたケミカルリサイクルの例を示します。

Ⅴ-1. ポリエステル(PET)の分解

PETボトル廃棄物を原料にリチウムメトキシドを触媒として炭酸メチルと反応することにより、テレフタル酸ジメチルと炭酸エチレンに分解しています。

参考文献:https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2021/pr20211108/pr20211108.html?utm_source=chatgpt.co

PETボトルやPETフィルムは、日常的に非常によく使用されるものです。通常、リサイクル原料はして再生PETボトルなどが使用されておりますが、本記事の方法では、常温で原料のテレフタル酸ジメチルが得られるといった画期的な方法であり、産業上において非常に使用しやすい方法と考えられます。

Ⅴ-2. ポリウレタンの分解

ウレタン結合を水素によって分解してホルムアミドとアルコールを得る水素化分解において、リンと窒素を含む配位子とイリジウムからなる触媒を使用した例があります。

参考文献:https://www.t.u-tokyo.ac.jp/press/pr2024-08-09-002

本方法を用いることで、塗料、マットレスや建築用断熱材など様々な分野で使用されるウレタン樹脂の分解に展開でき、産業上有用な方法と考えます。ただし、イリジウムといったレアメタルの有機金属化合物を使用するため、他の汎用金属の化合物を組み合わせて同様な分解ができると、更に産業上では有用になると考えます。

Ⅵ. ルイス酸である有機チタン化合物や有機ジルコニウム化合物の可能性

有機チタン化合物や有機ジルコニウム化合物は、ポリエステル重合触媒などの合成触媒として使用されているものの、樹脂を分解する触媒としての研究は現時点では非常に少ない状況です。

ただしケミカルリサイクルへの適用の可能性が無いわけではありません。

例えば、東京都立大学での研究内容では、シクロペンタジエニルと塩素を有するCpTiCl3CpC2Me)を触媒として使用することによってポリエステルの解重合が以下文献のように実証されています。

参考文献:https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acssuschemeng.2c04877

この文献は、不飽和脂肪酸エステルであるメチル 10-ウンデセノエートとシクロヘキサンメタノール とのエステル交換を行っており、このエステル交換反応を利用することで、ポリ(エチレンアジペート)をジブチルアジペートと1,4-ブタンジオールを生成させています。メチル 10-ウンデセノエートとシクロヘキサンメタノール とのエステル交換の触媒としては、TiCl4THF2のような塩化チタン化合物で77%の収率、またCpTiCl390%の収率が得られたとの結果が示されています。触媒としてTiOiPrを使用している例がありますが、その反応率は3%と非常に低い結果となっています。

Ⅵ-1. 電子を引き寄せる能力がシクロペンタジエニル基による分解触媒としての機能発現につながる

上述の文献に示されている内容はエステル交換触媒の内容であり、塩素による電子吸引性が反応性を高めていると推測します。ルイス酸としての活性は、電子を引き寄せること重要です。塩素の存在によってルイス酸としての高活性化につながり、結果としてエステル交換反応を促進していると考えます。
一方、シクロペンタジエニル基は反応中間体や遷移状態を安定化させる役割があるため、触媒反応が速やかに進行すると考えられています。
ただし、シクロペンタジエニル基を有し、且つ塩素と結合した有機金属化合物の内、チタンやジルコニウムのようなd軌道が部分的に満たされていない中心金属の化合部は、空気中の水分と反応して塩素ガスを発生するとともに、加水分解による触媒性能が低下する可能性が大きいことに注意が必要です。

Ⅵ-2. ケミカルリサイクルに適用可能性のある有機チタン、ジルコニウム、アルミニウム化合物

当社では、チタン、ジルコニウム、アルミニウムといった金属のアルコキシドやキレート化合物を扱っています。これらの化合物がケミカルリサイクルの触媒として適用できるかについて考えたいと思います。

-2-1. 電子供与性発現を狙ったキレート設計がカギ

アセチルアセトンなどのキレートは、有機金属化合物の反応性を安定化することが可能ですが、シクロペンタジエニルのように、反応中間体や遷移状態の安定化に有効かは不明です。ただし、キレート化合物は様々な種類があることを考慮すれば、ケミカルリサイクルに適用できる触媒を合成できるかもしれません。
例えば、中心金属への電子供与性発現を狙ったキレート化剤を設計し、当該キレートを用いることで前述の触媒に応用できる有機金属化合物を得られる可能性があると考えております。

-2-2. 塩素代替となる電子吸引基の選定は簡単ではない

塩素に代わる電子吸引基としては非常に難しいですが、リン酸エステル基やアミド基を持つアルコキシ基などが一例です。これらの電子吸引性は塩素より弱いものの、塩素代替の電子吸引基として機能するかもしれません。
これ以外だと、トリフルオロメトキシ基やペルフルオロアルコキシ基、クロロアルコキシ基などハロゲン族を使用したアルコキシ基は電子吸引性が高いですが、環境負荷の観点から使用は難しいと推測します。

上述の通りケミカルリサイクルに用いる有機チタン、ジルコニウム、アルミニウム触媒の設計は簡単ではありません。しかしケミカルリサイクルが社会的なニーズとしてある以上、当社でも今後の開発課題テーマ候補の一つになりうると考えています。

 Ⅶ. 終わりに

樹脂の分解などのケミカルリサイクルは、地球環境を考える上で今後非常に重要なテクノロジーの一つになると考えます。
樹脂を形成する結合は、非常に強固であり、ケミカルリサイクルとして単純な反応では原料まで還元することは困難ですが、有機金属化合物をはじめとする触媒開発によって、新たなケミカルリサイクル手法が発見される可能性があります。
当社としても、有機チタンや有機ジルコニウムなどの有機金属化合物の可能性について今後も探索して参ります。

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