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2025年11月13日
2025年のノーベル化学賞は、金属イオンと有機分子を組み合わせて構築される多孔体材料「MOF(Metal–Organic Framework)」の研究に授与されました。近年、MOFはガス吸着、触媒、センサー、膜分離など幅広い分野で応用が検討されており、その高い設計自由度が注目されています。本稿では、MOFの基本的な考え方とともに、当社製品のうち、有機金属化合物のオルガチックス(以下、オルガチックス)を用いたMOFの合成例についても紹介します。
MOFは「Metal–Organic Framework」の略で、金属イオンが有機配位子と結びついて安定な錯体をつくり、その錯体同士がさらにつながって三次元のネットワークを形成した金属イオン錯体の一種です。金属イオンと有機分子が結びついてできた“骨組み”のような材料で、その内部には分子が出入りできるナノメートル(1〜2 nm)ほどの細かな空間が、蜂の巣のように規則正しく並んでいます。この空間の壁面には金属イオンや有機分子の配位部位が並んでおり、空間に入り込んだ分子が表面と接触しやすい構造になっています。そのため、ガスを吸着したり、内部で化学反応を起こしたりすることができます。考えられる応用範囲は広く、吸着材、分離膜、触媒、センサー、光応答性材料などが挙げられます。MOFはこのように、金属イオン錯体化学と有機化学の考え方を組み合わせて、分子レベルで空間を設計できる材料として注目されています。
MOFは、金属イオンと有機配位子の組み合わせによって構造を自在に変えることができる材料です。原料となる金属イオンの種類、配位子の構造と両者の結合様式、さらには金属イオンと有機配位子の反応制御の役割を果たすモデレーターの併用による構造変化によって、その安定性や機能が大きく変化します。
有機配位子としては、カルボン酸や窒素原子を含む複素環化合物など、金属イオンに対して安定に配位できる化合物が使用されます。これらは、金属イオンを結び付けてMOFの骨格を形成させる役割を担います。また、有機配位子の種類によって、細孔の大きさや結晶の安定性等異なったMOFを得ることができます。代表的なものを2つほどご紹介します。
テレフタル酸等の芳香族ジカルボン酸を使用した場合は、芳香族ジカルボン酸の分子が直線的であるため、金属イオンが規則的に並びやすくなる結果、高結晶性のMOFが得られます。高結晶化によって数ナノメートル程度の細孔が形成され、二酸化炭素、メタン、水素などの分子が出入りできるようになります。これら物質のガスの吸着、分離、貯蔵といった用途に使用できます。
イミダゾールやピリジンといった複素環化合物は窒素原子の位置が芳香族環の中で固定されているため、金属イオンと結合する方向があらかじめ決まっています。この結果、金属と窒素含有配位子が一定の配位方向で結合し、歪みの少ない安定な結晶構造を形成します。この結晶構造中には、芳香族環の構造を有するため、分子全体が平面で動きにくく、ねじれなどを起こさない剛直な構造を形成することから耐湿性や耐薬品性が高まります。この特性を生かして、触媒の担体や分離膜等に使用されます。
金属としては、亜鉛や銅などの二価金属、アルミニウムや鉄などの三価金属、チタンやジルコニウムといった四価金属の他に、銀やアルカリ金属などの様々な金属元素を使用した報告例もあります。この中でもジルコニウム、亜鉛、銅、アルミニウム、鉄元素が、構造安定性、吸着性能、低毒性などの点で多く使用されています。特にジルコニウムは耐熱性、耐水性が高いMOFが得られることから、現在の研究において重要な役割を担っています。これらの金属イオン元素が、どのような形態でMOF原料として用いられるかについて概要を述べます。
金属イオン源として、硝酸塩、塩化物、硫酸塩等の金属の塩類が多く用いられます。金属の塩類は、水溶媒系で反応させることが可能ですが、強酸性である硝酸、塩酸、硫酸等の副生成物が生成して反応溶液のpHを著しく低下させます。pHの低下は、MOFを構築している有機配位子の結合の維持を妨げるため、結果として結晶の成長や構造の安定性に影響することがあります。これらの化合物を使用する際には、強酸の影響を抑制するため、緩衝作用を有する溶剤などを使用することがあります。
金属塩以外でMOF原料に用いられるのが金属アルコキシドです。チタンアルコキシド等の金属アルコキシドの副生成物はアルコールであり、前出の金属塩によるpH低下と異なり、特段MOFの形成に悪影響を及ぼさないと考えられます。また、金属アルコキシドは加水分解重縮合反応によって金属酸化物クラスターを形成しやすく、且つ金属アルコキシドは有機配位子と反応しやすいため、結果として高い結晶性と化学的に安定なMOFが形成されます。特に、チタンアルコキシドを使用したMOFの形成については、アルコキシ基の鎖長によって結晶性等が異なるMOFが得られるといった報告例があります。詳細は後述します。
MOFの合成において、金属イオンと有機配位子の反応性を制御し、結晶成長や粒形などを制御するために、酢酸、安息香酸などの化合物を併用することがあり、モデレーターと呼ばれます。これら化合物は、金属イオンに一時的に配位することで、原料である金属の塩類や金属アルコキシドの反応性を緩やかにします。緩やかな反応によって結晶核の生成と成長が抑えられ、結果として高結晶のMOFを得ることができます。また、モデレーターは反応溶液中の急激なpH変化を抑制する緩衝効果も持ち合わせています。pH変化を緩やかにすることによって、安定した配位子の脱プロトン化や金属クラスターの形成を促す効果があります。その他、モデレーター自体がMOF構造内に部分的に取り込まれることによって、細孔構造などを調整する機能もあります。
MOFの高比表面積構造により、分子の吸着、反応、検出など様々な機能を発揮する材料として応用が進められています。主な用途と金属、有機配位子について表1に示します。
<表1. MOFの用途と金属、有機配位子>
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分野 |
主な機能・応用例 |
主な金属例 |
主な有機配位子 |
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ガス吸着・分離 |
CO₂、CH₄、H₂などの吸着・分離・貯蔵 |
Zr, Fe, Cu |
テレフタル酸、ピリジン系 など |
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触媒・光触媒 |
酸化・還元・エステル化反応 |
Ti, Fe, Cu |
イミダゾール、トリカルボン酸 など |
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センサー・分離膜 |
ガス検知、VOC除去、金属イオン吸着膜 |
Zr, Al, Cu |
ピリジンカルボン酸、トリアジン誘導体 など |
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医療・バイオ |
薬剤徐放、造影剤、DDS材料 |
Zn, Fe, Zr |
イミダゾール、カルボン酸 など |
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エネルギー材料 |
電池電極、キャパシタ、触媒担体 |
Ti, Zr, Ni |
ナフタレンジカルボン酸、テレフタル酸 など |
MOFは、その構造設計の自由度と高い機能性から、環境、エネルギー、医療など幅広い分野で開発が進められています。特に、化学的安定性や耐久性が求められる用途では、ジルコニウム(Zr)やチタン(Ti)を用いたMOFが注目されています。Zr系MOFは水や熱に対して高い安定性を示し触媒・分離膜・吸着材などの応用が進められています。また、Ti系MOFは光応答性を併せ持つ点から、光触媒やエネルギー変換材料としての研究が活発です。ただし、MOFの性能は金属の種類だけで決まるものではありません。有機配位子の構造や官能基、結晶中の欠陥、さらには合成条件の違いによっても、その性質は大きく変化します。例えば、アミノ基やヒドロキシ基を有する配位子を導入すると、ガス吸着や極性分子との相互作用を高めることができ、電子供与性や電子吸引性を有する配位子を導入すると、光吸収性能や電子伝達の制御が可能となります。したがって、金属ノード・配位子との組み合わせや結晶欠陥、細孔構造の制御といった構造設計の最適化が各用途に対するMOF設計の鍵となります。
前章で述べたように、現在チタンやジルコニウムを用いたMOFが注目されています。本章では、これらのMOFの種類と合成におけるオルガチックスの利用可能性について考察します。
オルガチックスの主力金属種はチタンとジルコニウムです。チタンおよびジルコニウムを用いたMOFは、水や熱に対して分解しにくい構造に加えて光触媒、吸着、分離などの機能性を有する材料として注目されています。それぞれについて、既存のMOFを紹介します。
チタンは、カルボン酸やヒドロキシカルボン酸などの多くの有機配位子と安定な錯体が形成できます。配位子の種類や合成条件によって細孔の大きさやMOF表面の化学反応性を変化させることが可能です。一例としては、図1で示すNH2-MIL-125(化学名:Octa-μ-oxo-tetra-μ-hydroxo-octatitanium(IV)-hexakis(μ-2-amino-1,4-benzenedicarboxylate))があります。NH2-MIL-125は、チタン酸化物クラスターと有機配位子が三次元的に結合した構造のため、高い耐熱性と比表面積を有します。この特徴からガス吸着材や分離膜、環境浄化材料などへの応用が検討されています。

<図1. NH2-MIL-125の化学構造>
ジルコニウムも、チタンと同様に様々な有機配位子と安定な錯体が形成できます。ジルコニウムを用いたMOFの特徴としては、Zr–O結合が非常に強固で、酸や水分の存在下でも構造が崩れにくいことが挙げられます。そのため、高い構造安定性を得ることができます。一例としては、図2.で示すUiO-66(化学名:Hexakis[μ-[1,4-benzenedicarboxylato-κO1:κO'1]]tetra-μ3-hydroxytetra-μ3-oxohexazirconiumがあります。UiO-66は、高い耐久性を有するZr₆O₄(OH)₄クラスター骨格を有しており、配位子の種類によって吸着選択性や表面極性を自在に制御できます。この特徴からガス分離膜、触媒担体、VOC吸着材など長期安定性が求められる用途への応用が検討されています。

<図2. UiO-66の化学構造>
NH2-MIL-125やUiO-66は、チタンまたはジルコニウムの塩化物やアルコキシド化合物を原料として、100~250℃の反応温度、最大数十気圧の条件下で水熱法あるいは溶熱法によって合成されます。なお、使用原料としてチタンキレートを使用した、チタンベースのMOF合成の報告例もあります。(https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2024/qi/d4qi00436a)
MOFの原料として報告されているチタンおよびジルコニウムのアルコキシドの一部は、当社製品オルガチックスシリーズと同じ化学構造を有しており、当社製品はMOF合成原料として十分に適用可能であると考えられます。近年の報告においてもチタンアルコキシドを原料としたMOF合成が詳細に検討されており、文献Gram-Scale Synthesis of MIL-125 Nanoparticles and their Solution Processability:https://www.rsc.org/suppdata/d3/sc/d3sc02257a/d3sc02257a1.pdf
(MIL-125の化学名:Octa-μ-oxo-tetra-μ-hydroxo-octatitanium(IV)-hexakis(μ-1,4-benzenedicarboxylate)では、チタンアルコキシドのアルコキシ基の種類によって、得られるMOFの粒径、結晶性、比表面積などが異なることが示されています。表2に前出の情報の概要と、MOF原料とオルガチックス該当有無を示します。
<表2. チタンアルコキシドの違いによる MIL-125の粒径、結晶性、比表面積の比較と当社該当製品の一覧>
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原料の化学構造 |
MOF平均粒径 |
MOF結晶子サイズ |
MOF結晶性 |
MOF比表面積 |
原料に該当する 当社製品 |
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Ti(OMe)₄ |
42.7 |
43.5 |
やや低め |
1630 |
- |
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Ti(OEt)₄ |
54.9 |
34.5 |
高い |
1500 |
- |
|
Ti(OiPr)₄ |
80.4 |
47.2 |
中程度 |
1340 |
|
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Ti(OBu)₄ |
78.9 |
41.3 |
高い |
1160 |
既述の参照結果から、チタンアルコキシドのアルコキシ基が短いほど、小粒径・高比表面積の微結晶性 MIL-125 が得られ、鎖が長い・分岐しているほど大粒径・高結晶性・低表面積のMIL-125 が形成されると考えられます。本文献におけるMIL-125の合成においては、各チタンアルコキシドをDMF/MeOHに溶解して使用しています。チタンアルコキシドは、アルコキシ基に存在する酸素上の電子が別分子のチタン原子に配位することによって会合する構造を有しています。DMF/MeOHのような極性溶剤に溶解した場合は、チタン原子に溶剤が配位することで、会合状態が解離します。このように会合していないモノマー種の場合、原料のアルコキシ基が短いTi(OMe)₄やTi(OEt)₄では加水分解重縮合反応が速いため、多量の核生成が瞬時に生ずることから、粒子数は多くなるとともに結晶サイズは小さくなると考えられます。また、得られるポリチタノキサン構造において、Ti-O-Tiのネットワークがランダムになるため、格子欠陥が多くなります。そのため、結晶性が低いMOFが得られると考えられます。一方で、当該原料のアルコキシ基の鎖長の長いTi(OiPr)₄(オルガチックス TA-8)やTi(OBu)₄(オルガチックス TA-21)は、Ti(OMe)₄やTi(OEt)₄と比較して加水分解重縮合反応が緩やかに進行した結果、核生成が少なくなり、緩やかな結晶成長につながるため、大粒径、かつ高結晶性になると考えられます。
前出の加水分解重縮合反応を緩やかにすることができれば、MOFの大粒径化、高結晶性を狙うことができる可能性があります。これを実現する手法の一つに、原料にキレート化合物を使用することが考えられます。アシレートを含むキレート化合物は、酸素や窒素原子が中心金属に配位することによって、アルコキシ基の反応性を安定化させることができます。例えば、事前に配位子であるテレフタル酸と反応させたチタンアシレート化合物を使用することで、更に平均粒径や結晶子サイズが大きいMOFが得られると考えられます。
上述の文献にあるように、当社で製造販売しているチタンアルコキシドを原料として使用することで、粒形、結晶サイズ、結晶性、比表面積が異なるMOFの合成が可能となります。チタンアルコキシドについては、最大でアルコキシドの炭素数が4であるチタンテトラn-ブトキシド(オルガチックスTA-21)についての記述がありましたが、当社製品においては、それよりも炭素数が大きいチタンテトラ2-エチルヘキソキシド(TA-30)もあり、チタンテトラn-ブトキシドに比べて更に大粒径、かつ高結晶性のMOFが得られる可能性があります。また、チタンテトラtert-ブトキシド(オルガチックスTA-80)においては、会合度が1.0であり、非常に加水分解重縮合反応性が高いチタンアルコキシドです。この化合物を用いれば、例えばMeOH/DMFのような極性溶剤ではなく、炭化水素等の非極性溶剤を使用した場合においても、結晶サイズが小さいMOFが得られると考えられます。このように、原料となるオルガチックスの選択によって、得たい構造を有するMOF合成を実現できると考えられます。一方、キレート型チタン化合物も有用ではないかと考えます。MIL-125は、チタン原子にテレフタル酸が結合した構造となっています。事前にチタンアルコキシドとテレフタル酸を反応させた化合物を原料とすることで、加水分解重縮合反応を制御しながらMOFの合成ができる可能性があります。チタンアルコキシドは非常に反応性が高いですが、テレフタル酸等の配位子を事前にチタンアルコキシドに結合することによって、その化合物の加水分解重縮合反応性は低くなります。また、安息香酸などを事前に結合させたチタン化合物は、前出のモデレーターとしての挙動を示す化合物として使用できる可能性があります。この反応制御方法を採用することで、また違ったMOFが合成できるのではないかと考えます。ただし、MIL-125は構造として二核錯体の構造を持つため、チタンキレートの使用でMOF構造が得られるかは今後の当社の検討課題と考えています。
MOFの合成方法としては、主に水熱法あるいは溶熱法であり、高圧下での反応が多く用いられています。高圧条件を必要とする反応には、耐圧反応容器や安全制御が不可欠であるため、装置および運転上のコストが高くなるとともに、安全管理上のリスクが発生します。そのため、工業化を見据えたスケールアップを考慮すると、常圧下で安定的にMOFを合成できる工程の確立が必要となります。今回示した文献では、通常のシュレンク管または還流装置を使用して常圧下での還流反応を行っていました。常圧下での還流反応は、一般的な有機合成にて行われている手法であり、汎用の装置で製造可能と考えられます。また、当社はオルガチックスとして、アルコキシドの他、アセチルアセトン、アセト酢酸エチル、乳酸等の様々な配位子からなるキレート化合物を製造販売しています。このように、配位子の構造を変更することで、反応性や溶媒への親和性などを調整することで、加水分解重縮合反応や結晶核の生成の速度を制御しやすくなると考えられます。当該アプローチは、反応温度の最適化や結晶成長の制御等において工業的なMOF製造プロセスの構築に寄与する可能性が期待されます。原料として適切なオルガチックスを選択し、本文献のように比較的簡便な還流反応によりMOFの合成が可能となれば、工業的スケールでの大量合成が期待されます。
今回、MOFについてその特徴を概説するとともに、当社製品のオルガチックスのMOF合成原料への適用可能性について述べました。MOFは、吸着材・触媒・光応答性材料などの様々な用途への展開が期待されており、特にチタンやジルコニウムを用いたMOFは高い化学的安定性と機能設計の自由度を兼ね備えた材料として有用であると考えられます。一例として、チタン系のMOFであるMIL-125については、チタンアルコキシドの種類によって得られるMOFの構造が異なることも興味深いと考えています。MIL-125は常圧においても合成できる可能性があるため、今後当社においてもMOFに関する知見を蓄積し、新たなMOF合成に適用可能な製品開発につなげていきたいと考えています。
有機チタン、有機ジルコニウム、その他有機金属化合物に関するご要望、製品に関するご質問や、
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